いつものふたり

OG訪問のなかよし川、その日の帰り道―

「うぅ、やっぱり、車で来れば良かったかも」
「優子が、久しぶりだし歩こう、って言ったからでしょ」
 北宇治を訪問した帰り道、優子は夏紀と行きの道でも交わした会話を繰り返す。夕方になり日差しも落ち着いたとはいえ夏真っ盛り。宇治の暑さが落ち着く気配はかけらもない。
 肩に下げた大きな保冷バッグは、行きは差し入れのアイスでぎゅうぎゅうだったが、今は保冷剤が数個入っているだけだ。体にかかる負担は来た道よりもずっと少なくなったはずなのに、じりじりとした暑さは二人の体力をじわじわと奪っていた。
「あ~、もうダメ、夏紀、一旦コンビニ寄ろう」
 優子は手にしたハンカチをひらひらと振ってギブアップを宣言した。白いそれは拭った汗でじっとりと濡れている。夏紀も「賛成」と返事をした後、手を膝についてひと呼吸し、手のひらで額の汗を拭う。
 コンビニに入るとひんやりとした空気が二人を包み込んだ。二人は思わずふぅ、とため息をつく。
「生き返る〜」
 同時に同じ言葉を口にする。
「ハッピーアイスクリーム!」
「うっわ!懐かし!」
「いぇ〜い!アイス奢りね〜部長さん」
「あんた、まだアイス食べるつもりなの!?」
 思わず優子は突っこむ。いや、ジュースでいいよ、とイタズラっぽく夏紀は笑う。遠慮になってないじゃない、優子は内心そう思いながらも柑橘系の炭酸飲料を二つ手に取りレジに向かう。
 会計を済ませて店の外に出ると二人は軒先にあるガードパイプに腰掛けた。はい、と片方を夏紀に手渡す。夏紀はありがと、と受け取ると、すぐには栓を開けずにペットボトルを額に押し当てる。それを横目に、優子は自分の容器のキャップを捻る。プシュッという音とともに柑橘の爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。喉を潤してから、優子は口を開く。
「少し前なのに、なんだか懐かしいわね」
「うん」
 夏紀は小さく頷いて続ける。
「不思議だよね、ちょっと前までは毎日見てた景色なのに」
「それな」
「優子はさ、部室に入った時、どう思った?」
「どうって……、懐かしい?あ、あと人数多いな~って」
「うっわ」
 つまんない奴、と言わんばかりに夏紀は顔をしかめる。
「なによその顔は、そういうあんたはどうだったのよ?」
「私?」
 うーん、と空を見上げて夏紀は考え込む。視線の先では入道雲がもこもこと天高く育っている。
「寂しい……なのかな」
 夏紀はそう言って少し目を伏せてから「疎外感?っていうのとはまた違うんだけどさ、なんだろうね、こういうの」と、ぽつりと呟くように言い足して、優子のほうを見て小さく笑う。
 優子は、自分の中では言葉にできずに持っていた感情に、いや、言葉にしたら向き合わなければいけない感情に対して、夏紀が形を与えてくれたように感じた。
 三年間を過ごしたあの校舎には、見知った顔の後輩たちがいても、自分たちの居場所はもうなかった。その感情を言葉にするのなら、空しいでも、悔しいでもなく、それはきっと――
「寂しい……ね」
 優子は自分の足元で、蟻たちが蝉の羽を運んでいるのを眺めながら独り言のように返事をする。
 夏紀が同じような感覚を抱いていたことにほっとした。けれども、その一方で見透かされたようで少し癪だった。
 そこまで考えてから優子は自分の頬を叩いて立ち上がる。
「あ~あ、それにしてもあんたと一緒に行ったせいで散々だったわ。折角できる大人な感じの先輩として振る舞おうと思ってたのに」
 危ない危ない、こいつの前でセンチメンタルな気分でいるのは、関西大会の時を最後にするって誓ったのに。こいつと一緒にいて、しんみりとした空気でいるのは似合わない。
「あたしがいようがいまいが、アンタはあんな感じだったと思うけどね、部長さん?むしろあたしがいたおかげであのくらいの無様さで済んだんじゃない?」
 夏紀は立ち上がってから伸びをして歩き出した。優子もそのあとを追って歩き出す。
「どこが無様よ!だいたいヘアピンをお揃いにするとか何考えているわけ?私が真似したとか言うし!」
「実際そうだったでしょうが?」
「はぁああ?私は仕方なくあんたに合わせてあげたんです!し・か・た・な・く!」
「はいはい、できる大人はそんなことでムキになりませ~ん」
 優子は自分が始めた会話であることも忘れて夏紀に噛みつくが、夏紀はひらりひらりと闘牛士のように優子の言葉をかわしていく。
 ほんと、こいつ、むかつく。そう優子が押し黙っていると、夏紀がふと神妙な顔をして口を開く。
「でもさ、私はアンタと行って良かったって思ってるよ。なんていうか、アンタと一緒だったから、いつもの感じで、あの場所に戻れた、って気がする」
「へ、へぇ、そう?じゃあ何?私とのやりとりがあんたにとっては当たり前ってわけ?」
 夏紀にまた心を見透かされたような気がして、思わず優子の声は上ずった。
 しまった、また何かからかわれるかな、と優子は身構えたが、夏紀はただ「そうかもね」と微笑むだけだった。
 その顔があまりにも素直で屈託がなくて、不覚にも優子は見とれてしまった。しばらく黙っていると、夏紀が不思議に思ったのか顔を覗き込んできた。
「どうしたの、優子?顔、赤くなってない?」
「うるさい、夏だし暑いんだから当たり前でしょ」
 思わず夏紀から顔をそむけると、肩に下げたバッグが揺れて、中の保冷剤がカラン、と跳ねる音がした。

あとがき

『響け!ユーフォニアム3』第7話「なついろフェルマータ」のなかよし川の帰り道

先に書いた、「宵に鳴く蝉」と対になるように「吉川優子は中川夏紀に転がされる」を加筆修正しました

夏紀と優子はお互いに「先を歩くのは相手の方だ」と思っていそうですよね

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